イタリアは世界遺産最多の国!
しかも行きやすい世界遺産が多いのが良いところ。20個は行きたいな。
行った世界遺産(11/61)
アルベロベッロのトゥッルリ
登録名:The Trulli of Alberobello
登録基準は3.4.5。
iii:何千年も続く乾式石積み技術を示す
iv:地域固有の伝統建築群として優れている
v:昔ながらの集落の姿をよく残している
アクセス
バーリから2時間ほど。get your guideでマテーラとあわせて行けるツアーが便利だった。これは現地のガイドとかはなく、ほぼ移動のみのツアーなので、自由に時間を使える!
アルベロベッロのトゥッルリ
実際みにいった写真!大雨でほぼ人がいなかった笑

白い街並みがすごく綺麗。1月に行ったが、クリスマスの装飾がされていた。

お店になっているもの、人が住んでいるもの、ホテルになっているようなものなどいろいろあって面白かった。

正直もっとしょぼいと思っていたので、意外と広いし、綺麗でびっくりした。

人気があるのが納得の行く価値のある世界遺産だった!!

概要
アルベロベッロは、トゥルッリと呼ばれる乾式石造りの住居で知られる町で、地域固有の建築であるヴァナキュラー建築の優れた例である。ヨーロッパでもこの種の町並みとして保存状態がよく、統一性が高いものの一つであり、今なお人々が暮らしている点でも独特である。また、先史時代に由来する建築技術が現在まで残る貴重な例でもある。
伝承によれば、新たな入植者たちには乾式石積みの工法が課されたという。これは、彼らの家をすばやく解体できるようにするためだった。これには二つの目的があった。反抗的な家主を容易に立ち退かせることができ、さらに後には、新しい集落に対する課税を避けることが可能になったのである。後者の場合、建物は同じようにすばやく再建することができた。これは、ナポリ王が派遣した徴税官を妨害するために、1644年に実際に行われたことが知られている。しかし、歴史的・比較的分析によれば、この技法はもともと地域の条件に対応するための最小限の物理的な工夫であり、後になって懲罰的な目的に利用されるようになったと考えられる。
関連英単語
- tholos→ トロス。ドーム型の墓や円形建築を指す建築用語。
- was granted to ~ by …
→ …によって〜に与えられた - in recognition of his service
→ 彼の功績を認めて - drystone walling
→ 乾式石積み
※モルタルなどの接着材を使わず、石を積み上げる工法。 - was imposed upon
→ 〜に課された、強制された - dismantled 解体された
- recalcitrant 反抗的な
- to thwart tax inspectors
→ 徴税官を妨害するために/出し抜くために - pinnacle = 尖塔・頂飾
- apotropaic = 魔除けの
- cistern = 貯水槽
ポイント
- 接着材を使わない乾式石積みのトゥルッリ
- 先史時代由来の建築技術
- 税金対策で屋根の取り外しができるようになったという説がある。
マテーラの洞窟住居サッシと岩窟教会公園
登録名:The Sassi and the Park of the Rupestrian Churches of Matera
登録基準 3.4.5
iii:岩を掘った集落が2000年以上続いている
iv:人類史の重要な段階を示す建築群・景観
v:自然環境と調和した伝統的集落・土地利用
アクセス
バジリカータ州。バーリから行くのが便利。アルベロベッロと一緒に、バーリ発のget your guideのツアー参加。効率良く1日で回れるので良かった。
サッシ
実際マテーラでサッシをみた!街としてかなり迫力があるのに、生活感もある。雰囲気に反して人の匂いがすごくする感じがなんか新鮮だった。

そして、大雨だったからか平日の昼間なのにとにかく人がいなくてびっくり。

不思議な所だった。

概要
マテーラのサッシとその公園は、岩を掘って造られた集落の優れた例であり、その地形・地質的環境と生態系に完全に適応し、2000年以上にわたる連続性を示している。それらは、自然環境との調和した関係を長い時間にわたって保ってきた文化の発展を示す、伝統的な人間の集落と土地利用の優れた例である。
関連英単語
- Sassi
サッシ、岩窟住居地区 - rock-cut settlement
岩を掘って造られた集落、岩窟集落 - calcareous
石灰質の - tufo rocks
凝灰岩 - gravine
グラヴィーネ、峡谷、渓谷 - gorges / canyons
峡谷、渓谷 - grandiose
より壮大な、堂々とした - cività
チヴィタ
※マテーラの町の中心部・城塞的地区。
ポイント
- サッシ
岩を掘って造られた洞窟住居地区。マテーラを代表する要素。 - 岩窟教会
岩をくり抜いて造られた教会。宗教共同体や修道生活と関係が深い。 - 水は、雨水を集め、貯水槽にため、重力で分配した。
- サッシは北側のバリアーノ、南側のカヴェオーソの2つの地区からなる。世界遺産には15世紀のカサルヌオーヴォ地区、17~18世紀の「ピアノ」地区も含まれる。ピアノは平坦という意味。
カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの邸宅群
登録名:18th-Century Royal Palace at Caserta with the Park, the Aqueduct of Vanvitelli, and the San Leucio Complex
アクセス
カゼルタ宮殿のみ行った。ナポリ中央駅から電車で1本で行けて、1時間ほど。片道4ユーロ程なので安めなのも良い。アクセスの良い世界遺産。
登録基準 (1,2,3,4)
i:人間の創造力の傑作
→ 啓蒙思想を背景に、王宮・庭園・都市計画・自然景観を一体化した壮大な構想が評価された。
ii:文化交流・価値観の交流
→ 王宮、庭園、カロリーノ水道橋、サン・レウチョの産業施設が、18世紀ヨーロッパの都市計画・建築思想・技術の交流を示している。
iii:文化の証拠
→ ブルボン王朝による新古典主義的な都市計画と、当時の理想的な王権・都市構想を示している。
iv:建築・技術の代表例
→ ベルヴェデーレの絹産業施設が、理想主義的な労働制度・産業共同体の優れた例になっている。
カゼルタ宮殿・庭園を訪問
駅に着くと、すぐに宮殿が現れる。駅近なのが嬉しい。

チケットを買って中に入る。校外学習の子供がかなり多かった。

宮殿の階段がとにかく綺麗!ここが色々な映画に使われてるみたい。観ねば。

本当に壮大で素晴らしい!

奥に礼拝堂がある。ここも美しい!

そして、そこから宮殿の部屋を見ていくのだが、とにかく広すぎる!こういう部屋が大量にある。

色々な宮殿に行ったことがあるけど、結構レベチででかいかも。各部屋天井までものすごく綺麗で見応えあり。

最後の方は現代アートや普通のアートを飾ってたりして、かなり面白い!

相当見応えのある世界遺産でした。

概要
王宮は長方形の平面をもち、内部には直角に交差する四つの大きな中庭がある。面積は45,000平方メートルに及び、5階建てで高さは36メートルに達する。その規模の大きさは、正面ファサードに143の窓があり、建物内に1,200室と34の階段があることからも分かる。
建物はレンガ造りで、下の2階部分はトラバーチンの切石で覆われている。全体の構造は中央のクーポラによって頂部を飾られている。正面ファサードの前には楕円形の練兵場がある。
内部には三つの八角形の玄関広間があり、建物の主軸上に並び、複合施設全体の中心的な役割を果たしている。記念碑的な大階段は王室用居室へ通じており、そこは18世紀様式で装飾され、家具が備えられている。ヴェルサイユ宮殿の礼拝堂に着想を得た礼拝堂は、下階の玄関広間からつながっている。もう一つ注目すべき特徴は王立劇場で、18世紀の設計を示す見事な例である。
宮殿の背後に広がる庭園は、ルイージ・ヴァンヴィテッリによって計画されたが、完成させたのは息子のカルロであった。庭園の主軸線には、一連のバロック様式の噴水や水路が配置されている。この壮大な眺望は大噴水へと至り、そこでは水が150メートルの高さから装飾豊かな水盤へ流れ落ちている。その水盤には、水浴する女神ディアナと、それを見てしまった不運なアクタイオンの姿が表されている。
単語
- broad sweep of its design
設計の壮大な広がり、設計全体の大きな構想 - laid out according to ~
〜に従って設計された、配置された - to rival ~
〜に匹敵するために、〜と競うために - fief
封土、領地 - stretches of water
水路、細長く続く水面 - punctuated by
〜が点在している、〜によって区切られている - fulcrums
支点、中心的役割を果たすもの - elliptical 楕円形の
- lower storeys
下層階 - intersecting at right angles
直角に交差する
ポイント
カゼルタ王宮
ナポリ王カルロス3世が、ヴェルサイユ宮殿に匹敵する王宮として建設を命じた巨大宮殿。
ルイージ・ヴァンヴィテッリ
カゼルタ王宮の設計者。王宮・庭園・都市計画全体に関わる重要人物。
庭園と噴水
宮殿の背後に広がる庭園。主軸線上にバロック様式の噴水や水路が並ぶ。
ヴァンヴィテッリの水道橋/カロリーノ水道橋
王宮庭園、噴水、サン・レウチョ、新都市に水を供給するために造られた水道橋。
サン・レウチョ
絹産業のための理想的な産業共同体。学校、労働者の住居、蚕室、紡績・染色施設などが整えられた。
ベルヴェデーレ
もとは狩猟館。のちに絹生産の中心施設へ改造された。
啓蒙思想
理性・計画・合理性によって社会をよくしようとする18世紀の考え方。カゼルタでは、王宮・庭園・水道・都市・産業を一体的に計画した点に表れる。
関連映画
有名なのは『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』です。王宮内部がナブーの宮殿として使われている。続く『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』でも、同じくナブー王宮として登場。
『ミッション:インポッシブル3』や『天使と悪魔』ロケ地になっている。特に『天使と悪魔』では、ヴァチカン内部の代わりとして撮影されたらしい。近年では『教皇選挙 / Conclave』にも関係するロケ地として知られている。
モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ、グランデ広場
登録名:Cathedral, Torre Civica and Piazza Grande, Modena
登録基準(1,2,3,4)
基準 i:人間の創造力の傑作
→ 建築家 ランフランコ と彫刻家 ヴィリジェルモ の共同制作が、ロマネスク美術において建築と彫刻の新しい関係を生み出した点。
基準 ii:文化交流・価値観の交流
→ ロマネスク建築・彫刻の発展に大きな影響を与えた点。
基準 iii:文化の証拠
→ 12世紀の文化的伝統をよく伝えている点。UNESCOも、モデナの複合体は12世紀の文化的伝統を示す優れた証拠だと説明しています。
基準 iv:建築・都市の代表例
→ 中世キリスト教都市において、宗教的価値=大聖堂 と 市民的価値=市民の塔・広場 が組み合わされた優れた建築群である点。
アクセス
モデナはボローニャ中央駅から電車で30分ほど。大聖堂や広場は駅から15分くらい歩いたところにある。割と治安が良く、のどかな街並みなのが良かった。
モデナの大聖堂・モデナの街並み
モデナの駅から大聖堂の周りなど。4月だったのにかなり暑かった…。






概要
ランフランコとヴィリジェルモの共同制作は、ロマネスク美術において建築と彫刻の弁証法的な関係を実現した、人間の創造的才能の傑作である。モデナの建築群は、12世紀の文化的伝統をよく伝える優れた証拠であり、中世都市の中で宗教的価値と市民的価値が結びついた建築群の最良の例の一つである。
鐘楼、すなわちギルランディーナの塔と大聖堂は、物理的にも様式的にも切り離せない存在である。この記念碑的な塔は、大聖堂と同じ材料で建てられており、6層から成る。下層部は小さなブラインド・アーケードと簡素な開口部によって強調され、上層階には二連窓、さらに三連窓が設けられている。ローマ建築を思わせる塔の下半部の簡素さと力強さの上には、八角形の胴部と上部のランタンが載っており、それらはマエストリ・カンピオネージがゴシック建築に対して抱いた新しい感覚を表している。
関連英単語
- bell tower
鐘楼 - inscriptions
銘文、碑文 - predecessor
前身、以前の建物 - clergy
聖職者 - crypt
地下聖堂 - clad A in B
AをBで覆う、AにBを張る - temples of antiquity
古代の神殿
ポイント
- モデナ大聖堂
サン・ジェミニアーノに捧げられたロマネスク建築の大聖堂。 - ランフランコ
大聖堂の建築家。 - ヴィリジェルモ
大聖堂の彫刻家。ファサード彫刻が重要。 - ロマネスク美術
この世界遺産の中心となる様式。建築と彫刻が一体化している点が評価された。 - ギルランディーナの塔
トッレ・チヴィカ、市民の塔。大聖堂と物理的・様式的に不可分。 - グランデ広場
大聖堂と市民の塔に接する中世都市の公共広場。 - マエストリ・カンピオネージ
12世紀後半以降に大聖堂の改修・拡張を担った建築家・彫刻家集団。バラ窓、ポルタ・レジア、擬似翼廊、ヴォールトなどに関係。
関連映画
『フェラーリ』Ferrari(2023) 。マイケル・マン監督、アダム・ドライバー主演で、1957年のエンツォ・フェラーリを描いた作品。映画はモデナ市内と周辺で大きく撮影され、ピアッツァ・グランデ、ピアッツァ・ローマ、ドゥカーレ宮殿、テアトロ・ストルキ周辺、サン・カタルド墓地などが使われたんだって。
アマルフィ海岸
登録名:Costiera Amalfitana
1997年登録。
アクセス
ナポリからのget your guideツアーを利用。ソレント、アマルフィ、ラヴェッロでの自由時間付きのツアーで、アマルフィではボートクルーズに乗ることもできた。ゆっくりはできなかったけど、短時間で効率良くまわれてよかった。
概要
アマルフィ海岸は、地中海景観の優れた例であり、劇的な地形と歴史的発展によって生み出された、卓越した文化的・自然的景観価値をもっている。対象地域は、サレルノ県内の15のコムーネにまたがり、11,231ヘクタールを占める。
その自然の境界は、ラッターリ山地によって形づくられた半島の南斜面である。ラッターリ山地は、ピチェンティーニ山地からティレニア海へと延び、ナポリ湾とサレルノ湾を隔てている。
この地域は、アマルフィ、アトラーニ、レジンナ・マイオル、レジンナ・ミノルという四つの主要な海岸区域と、ポジターノ、プライアーノ、チェルタリア、ヘルクレなどの小規模な海岸区域から成る。また、その背後や上方には、スカーラ、トラモンティ、ラヴェッロの山村、コンカやフローレの集落が位置している。
ポイント
- 名前の由来は「ヘラクレスの愛した精霊」。
ギリシャ神話の中に世界中で最も美しい土地として登場する。
関連英単語
- dramatic topography
劇的な地形、起伏の激しい地形 - Palaeolithic
旧石器時代の - Mesolithic
中石器時代の - barbarian attack
異民族の攻撃 - looted
略奪された - near-monopoly
ほぼ独占 - eclipse
衰退、影が薄くなること、重要性が失われること - **revetted with ~**
〜で補強された
関連映画
『007/慰めの報酬』Quantum of Solace(2008) です。冒頭のカーチェイスで、アマルフィ海岸の断崖沿いの道が使われているらしい。
あとは、アンジェリーナ・ジョリーとブラッドピットがは 『Mr. & Mrs. スミス』(2005) の撮影で仲良くなったという話もあるらしい。
フェラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ
1995年登録。
登録名:Ferrara, City of the Renaissance, and its Po Delta
アクセス
ボローニャ中央駅から電車で30分ほど。ボローニャ空港からも直通のバスが出ていて便利。行きやすい世界遺産だと思う。そこまで大きな都市ではないので、モデナと同日に行ったけど両方十分楽しめた。
フェラーラの街並み
緑が多い街並みでとても気持ちよかった。静かだけど、イタリアっぽい街並みでよかった!








概要
フェラーラは、都市構造をほぼ完全な形で残している、優れた計画的ルネサンス都市である。フェラーラに見られる都市計画の発展は、その後の数世紀にわたる都市設計の発展に大きな影響を与えた。華やかなエステ家の宮廷は、ルネサンスの決定的な二世紀の間、多くの芸術家、詩人、哲学者たちを引きつけた。ポー川デルタは、本来の姿を驚くほどよく保つ、優れた計画的文化的景観である。
イタリアの大都市の中で、フェラーラはローマ都市の配置に由来しない独自の都市計画をもつ唯一の都市である。フェラーラは中心部から発展したのではなく、ポー川沿いの線状の軸に沿って発展した。そこには縦方向の道路と多くの横道があり、それらを中心に中世都市が構成されていた。
フェラーラの都市史における最大の特徴は、14世紀以降に発展し、しかもヨーロッパで初めて、今日の近代都市にも通じる都市計画規則に基づいて整備された点にある。この都市拡張方式は アッディツィオーネ と呼ばれ、第3段階は1492年に実施された。その結果、フェラーラは完成まで到達した唯一の計画的ルネサンス都市となった。
関連英単語
- a constellation of ~
多くの〜、錚々たる〜 - seminal centuries
決定的に重要な世紀、後世に大きな影響を与えた時代 - implemented
実施された - embellished by ~
〜で飾られた - logge
ロッジェ、開放廊
※イタリア建築で、外に開かれた屋根付きの廊下・回廊のような空間。 - bearing the arms of
〜の紋章を掲げた
ポイント
計画的な都市づくりと、エステ家が育てたルネサンス文化。
- アッディツィオーネによる計画的都市拡張
- 1492年都市計画で整えられたルネサンス都市
- エステ家の宮廷文化と人文主義
- ポー川デルタの計画的文化的景観
- ディアマンティ宮殿やスキファノイア宮殿などの建築
登録基準:2,3,4,5,6
ii
フェラーラの都市計画が、後のヨーロッパの町づくりに影響を与えた。
iii
エステ家の離宮が、自然景観にルネサンス文化を取り入れた。
iv
フェラーラは、よく残るルネサンス計画都市の代表例。
v
ポー川デルタは、昔の姿をよく残す計画的な文化的景観。
vi
エステ家の宮廷は、ルネサンスの芸術・文学・思想の中心地だった。
フィレンツェ歴史地区
1982年登録。
登録名:Historic Centre of Florence
アクセス
ボローニャを起点で訪問したが、イタリアは高速鉄道が発達してるのでどこからでも行けるのが良い。あんなに離れてるように見えるナポリからでも3時間で行けたのは良かった。
フィレンツェの街並み
半日ほどしかおらず、ほぼウフィッツィ美術館にいたのであまり観光らしい観光はできていないが、素晴らしい街並みだった!










概要
フィレンツェは、紀元前59年にフロレンティアと呼ばれるローマ植民市として建設された。11世紀になってようやく自由都市フィレンツェは、トスカーナの他の都市が成し遂げられなかった政治的・経済的成功を収め始め、そのゆるやかだが止めがたい発展は、1557年のシエナ併合で頂点に達した。
15世紀、フィレンツェは繁栄の絶頂に達した。その一因は、建築家フィリッポ・ブルネレスキとレオン・バッティスタ・アルベルティ、画家マザッチョ、パオロ・ウッチェロ、サンドロ・ボッティチェリ、彫刻家ドナテッロ、ロレンツォ・ギベルティ、ルカ・デッラ・ロッビア、さらに忘れがたいミケランジェロ・ブオナローティやレオナルド・ダ・ヴィンチといった天才たちが、この都市にいたことにある。
ローマ都市の上に築かれたフィレンツェ歴史地区は、美術と建築の宝箱と表現するのが最もふさわしい。14世紀の城壁によって区画され、フィレンツェが獲得した莫大な商業力と経済力によって発展したこの町にとって、その後の二世紀は黄金時代であった。
この都市の精神的中心は、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂広場である。片側にはジョットの鐘楼が立ち、正面にはロレンツォ・ギベルティ作の「天国の扉」を備えたサン・ジョヴァンニ洗礼堂がある。ここから北へ進むと、ミケロッツォ作のメディチ=リッカルディ宮殿、そしてブルネレスキ設計のサン・ロレンツォ聖堂が現れる。聖堂内部の聖具室は、ドナテッロとミケランジェロによって設計された。さらに進むと、フラ・アンジェリコの傑作を所蔵するサン・マルコ美術館、ミケランジェロの《ダヴィデ像》を所蔵するアカデミア美術館、そしてブルネレスキによる捨て子養育院のロッジアがあるサンティッシマ・アンヌンツィアータ広場がある。
大聖堂の南側には、ヴェッキオ宮殿とウフィツィ美術館を擁する、フィレンツェの政治的・文化的中心がある。その近くには、バルジェッロ国立美術館とサンタ・クローチェ聖堂がある。ヴェッキオ橋を渡ると、ピッティ宮殿とボーボリ庭園を擁するオルトラルノ地区に至る。
さらにオルトラルノ地区では、フィリッポ・ブルネレスキによるサント・スピリト聖堂と、マソリーノ、マザッチョ、フィリッピーノ・リッピのフレスコ画をもつカルミネ教会にも触れておく必要がある。大聖堂の西側には、堂々たるストロッツィ宮殿と、レオン・バッティスタ・アルベルティがファサードを設計したサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂がある。
歴史地区全体は、周囲の丘から見事に眺めることができる。とりわけ、ロマネスク様式のサン・ミニアート・アル・モンテ聖堂のすぐ下にあるミケランジェロ広場やフィエーゾレからは、アルノ川流域でも屈指の壮大な眺望を楽しめる。
関連英単語
- culminating in ~
〜で頂点に達する - take over
権力を握る、支配を引き継ぐ - rule passed to
支配が〜へ移る - be annexed by ~
〜に併合される - campanile
鐘楼
ポイント
- 「花の都」と呼ばれる。
- 「ルネサンス」の中心地。ルネサンスとは、再生という意味。人間中心の文化を取り戻そうとする動き。中世のヨーロッパに再び古代ギリシャやローマの文化が登場した。
- メディチ家の保護
銀行家・君主として都市を支え、芸術や建築の発展を後押しした。 - 都市そのものが芸術の宝庫
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、ジョットの鐘楼、洗礼堂、ウフィツィ美術館、ヴェッキオ宮殿、ピッティ宮殿などが集中している。 - ヴェッキオ宮殿はフィレンツェを支配したメディチ家出身コジモ1世の命を受けて、ヴァザーリが設計。14世紀に政庁舎として建設された建築物で、メディチ家の一時的な住居としても使用された。現在のフィレンツェ市庁舎。
- 中世商業都市の力を示す景観
歴史地区全体が、商業力と経済力によって築かれた統一感ある都市景観を残している。 - 知床と同緯度!(北緯43度)
登録基準 1,2,3,4,6
i
ルネサンス芸術の傑作が集まる。
ii
建築や芸術の発展に、イタリアとヨーロッパ全体へ大きな影響を与えた。
iii
中世・ルネサンスの商業都市フィレンツェの力をよく伝えている。
iv
大聖堂、宮殿、広場などが、ルネサンス都市の優れた姿を示している。
vi
メディチ家や、ブルネレスキ、ミケランジェロ、レオナルドらと深く結びつく
ナポリ歴史地区
1995年登録。
登録名:Historic Centre of Naples
アクセス
ブダペストからナポリまで直行便が出ている。ローマからも高速列車があるし、かなり行きやすい世界遺産。
ナポリの街並み









概要
ナポリはヨーロッパ最古級の都市の一つであり、現在の都市構造の中に、長く波乱に富んだ歴史の痕跡を残している。街路構成、多様な時代の歴史的建造物の豊かさ、そしてナポリ湾に面した立地によって、ナポリは比類のない顕著な普遍的価値をもち、ヨーロッパ各地やそれ以外の地域にも大きな影響を与えてきた。
ナポリの重要性の多くは、25世紀にわたる発展を示す都市構造に由来している。ギリシア時代の町については地上に残るものはほとんどないが、第二次世界大戦後の発掘調査によって重要な考古学的発見がなされてきた。この時代の元の市壁のうち三つの部分が、北西部で確認できる。現存するローマ時代の遺構はより充実しており、とくに大劇場、墓地、地下墓所が重要である。市内の最古の地区の街路配置は、その古典古代にさかのぼる起源を色濃く残している。
関連英単語
- contemporary urban fabric
現在の都市構造 - long and eventful history
長く波乱に富んだ歴史 - without parallel
比類のない - owe much to
〜に大きく由来する - accession
即位、政権成立 - refurbished
改修された - lavish
豪華な、贅沢な - viceroyalty
副王統治、副王在任期
ポイント
- 卵城(カステル・デル・オーボ)
「卵城」の名の由来は、ラテン語詩人のウェルギリウスが地下に魔法の卵を隠したという言い伝えに由来。この卵には「卵にナポリの運命がかかっている」という呪文がかけられ、卵が崩れる時ナポリの街も崩壊するのだと信じられていた。 - 海上交易で栄え独自の文化を発展させてきました。美しい街並で名高く、イタリアのことわざでは「ナポリを見てから死ね」と言われている。
- 2500年にわたる都市の重層性 が最大のポイント。ギリシャ・ローマ時代から、中世、ルネサンス、スペイン支配期までの歴史が街並みに残る。
- ネアポリス(新しい都市)が語源。
- スパッカナポリは、古代ギリシャ・ローマ都市の東西道路 デクマヌス・インフェリオーレ に由来する通りで、ナポリを真っ二つにするものという意味。
登録基準2,4
ii は、地中海世界に大きな文化的影響を与えたこと。
iv は、長い都市発展を示す歴史的都市景観として優れていること。
ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂
1980年登録。
登録名:Historic Centre of Rome, the Properties of the Holy See in that City Enjoying Extraterritorial Rights and San Paolo Fuori le Mura
アクセス
日本から直行便あり。イタリアの首都なので、どの国からも行きやすいし、イタリアは高速鉄道が発達してるのでどこからでも行きやすい。
ローマの街並み






概要
この世界遺産を構成するローマ教皇庁の治外法権地区には、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂という、比類ない芸術的達成を示す建築群が含まれる。これらの建築は、長い世紀にわたり、キリスト教世界の広い地域で建築や記念碑的芸術の発展に大きな影響を与えた。
1929年にイタリアとローマ教皇庁の間で結ばれたラテラノ条約により、イタリア領内にありながら「治外法権」と呼ばれるいくつかの資産は、引き続き教皇庁の専有財産とされた。三つの大聖堂に加えて、カンチェッレリア宮殿、マッフェイ宮殿、サン・カッリスト宮殿、そしてベルニーニとボッロミーニによって改修されたプロパガンダ・フィーデ宮殿など、注目すべき宮殿も含まれている。
関連英単語
- extraterritorial properties
治外法権地区、国外領的施設 - episcopal chair
司教座 - papal seat
教皇庁、教皇の所在地 - baptistry
洗礼堂
登録基準:1,2,3,4,6
i:古代からバロックまで、人類の傑作級の芸術・建築が集まる。
ii:ローマの建築・芸術・都市計画が世界に大きな影響を与えた。
iii:古代ローマ文明を伝える貴重な証拠。
iv:約3000年の都市発展を示す歴史都市。
vi:ローマ帝国とキリスト教世界の中心として歴史的意義が大きい。
ポイント
- パクス・ロマーナ
アウグストゥスから五賢帝期まで約200年続いた平和な時代。 - 治外法権地区
1929年のラテラノ条約により、イタリア国内にありながら教皇庁の特別な権利が認められた施設が含まれる。 - ローマの四大聖堂:
サン・ピエトロ大聖堂(ヴァチカン)
サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂 - 「ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた」という表現がある。
ボローニャのポルティコ群
2021年登録。
登録名:The Porticoes of Bologna
アクセス
ボローニャはブダペストから直行便あり。ローマ、ミラノ、フィレンツェなどからも電車で行きやすい。
写真
とにかく本当に街中にずーっとポルティコがあって、雨の日だったので便利だった。

ボローニャは街並みも良いし好きな街の一つ。

概要
ボローニャのポルティコ群は、市内に総延長62kmにわたって広がる、世界最大のポルティコ体系の中から選ばれた12の構成資産である。
これら12の構成資産は、1288年の法令に始まる何世紀にもわたる伝統が継続的に更新されながら、都市中心部と周辺部の双方でポルティコ付き通路が拡大していった過程を示している。また、その類型、建築的特徴、都市的・社会的機能を今に伝えている。
公共のポルティコは、時間帯や気候条件を問わず活発な社会生活を支える場として、非常に古くから存在する建築類型であり、何世紀にもわたって世界各地で採用されてきた。ボローニャでは、この類型が年代的・形式的・機能的にきわめて豊かで完全な形で表れている。
ポルティコは建築上のモデルであるだけでなく、社会的なモデルでもある。市民、移住者、学生といった都市の主役たちが集い、時間や考え、人間関係や思索を共有する、統合と交流の場である。
またそれは、持続可能な都市生活の拠点でもある。市民空間、宗教空間、あらゆる階層の住居が無理なく結びつき、人間的価値の絶え間ない交流が都市生活に浸透し、その形を作っている。
だからこそ、何世紀にもわたりボローニャを訪れた人々はポルティコを高く評価し称賛してきたのであり、そのモデルはイタリア各地やヨーロッパへ広がっていった。
関連英単語
- main protagonists of the city
都市の主な担い手 - attributes
価値を伝える要素、特性
登録基準:4
長い歴史の中で発展し続けたポルティコという建築類型を、ボローニャが最も代表的に示しているため。
ポイント
- 私有財産でありながら公共利用される空間
- 雨や日差しを避けるだけでなく、交流・商業・生活の場
- ボローニャ大学はヨーロッパ最古の大学。
ボローニャ大学の発展で学生や教師が増え、住居や都市空間を広げる必要が生まれたことが、ポルティコ発達の一因とされている。建物の上階を張り出して床面積を増やし、その下を公共通路として使う形が広がりました - 総延長約62kmのポルティコ体系
- 1288年の法令を背景に発展。
ヴェネツィアとその潟
1987年登録。Venice and its Lagoon
アクセス
ウィーンから夜行バスで行った。夜出て朝着くのでちょうど良い。イタリアなので、もちろん高速鉄道も便利。
概要
ヴェネツィアは、比類ない芸術的達成を示す都市である。118の小島の上に築かれ、潟の水面に浮かんでいるかのように見える。
ヴェネツィアは建築と記念碑的芸術の発展に大きな影響を与えた。また、その繁栄の時代を物語る、比類ない建築群を数多く備えている。
さらに、特殊な立地条件に適応して形成された都市景観の卓越性と結びつきながら、建築類型の完全な展開を示している。
この潟では、5世紀以降、自然と歴史が密接に結びついてきた。異民族の襲撃を逃れるため、ヴェネト地方の人々がトルチェッロ、イエーゾロ、マラモッコの砂の島々に避難したことが始まりである。
こうした一時的な集落は徐々に恒久的なものとなり、陸に住む農民や漁民の避難地だった場所は、やがて海洋国家へと発展した。新しい都市の中心地には、小島リアルトが選ばれた。
西暦1000年、ヴェネツィアはダルマチア海岸を支配しており、1112年にはレヴァント地方の港町シドンに交易市場が設けられた。1204年には、ヴェネツィアは十字軍と同盟してコンスタンティノープルを攻略した。
その際に持ち帰られた大量の戦利品のうち、サン・マルコの青銅馬も含まれているが、これはドージェのエンリコ・ダンドロが同盟者たちと分け合ったビザンツの略奪品の、最も目立つ一部にすぎない。
絶えず脅威にさらされてきたこの内海では、波打ち際の小さな群島の中に、中世でも最も驚くべき市街地の一つが形成された。
北のトルチェッロから南のキオッジャに至るまで、ほとんどすべての小島に、それぞれ集落、町、漁村、職人の村が存在した。ムラーノもその一つである。
しかし、潟の中心では、ヴェネツィアそのものが中世世界を代表する大都市の一つとしてそびえていた。小さな島々が統合され、一つの都市へまとまると、もとの地形として残ったのは、ジュデッカ運河、サン・マルコ運河、大運河のような運河や、水上都市の真の動脈である小さな水路網だけだった。
大地という概念すら希薄なこの非現実的な空間には、地上でも最もすばらしい建築博物館の一つといえる傑作群が、1000年以上にわたり蓄積されてきた。
ヴェネツィアの写真






英単語
- age of its splendour
繁栄の時代 - go hand-in-hand with ~
〜と密接に結びつく - barbarian raids
異民族の襲撃 - allied with ~
〜と同盟した - commercial undertakings
商業活動 - amid a tiny archipelago
小さな群島の中に - rii
小運河、水路 - terra firma
陸地、大地
登録基準123456
文化遺産の全ての基準を満たす。
i 潟に浮かぶ都市そのものが、比類ない芸術的傑作。
ii 建築・絵画・都市文化が、地中海世界やヨーロッパに大きな影響を与えた。
iii 東西交易で栄えた海洋国家ヴェネツィアの歴史をよく伝える。
iv サン・マルコ広場や宮殿、教会などが、中世都市建築の傑出した例。
v 潟という厳しい自然環境に適応して形成された、人間と自然の共存景観。
vi 海洋国家の歴史、マルコ・ポーロなど世界史上重要な出来事や人物と結びつく。
ポイント
- 118の小島に築かれた水上都市
- 潟への避難から始まり、海洋国家へ発展
- 都市の中心は リアルト
- ドージェ が統治
- 海との結婚 を表す儀式 スポザリツィオ
- 1204年の第4回十字軍でコンスタンティノープル攻略に関与
- 東地中海交易で繁栄し、サン・マルコの青銅馬などをもたらした
- サン・マルコ広場、ドゥカーレ宮殿、大運河 は代表的景観
- 潟と都市が一体化した、人間と自然の共存景観
- 文化遺産でありながら、登録基準 i〜vi をすべて満たす点が重要
- カフェ・フローリアンはカフェラテ発祥の地と言われている。
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